数理システム事業部
PROJECT STORY12
コンクリートに対する放射線の影響を解明せよ
原子力発電所の安全性には厳しい目が向けられている。
世の中の、この期待に応え続けるためには、あくなき安全性の追求が必須となる。
そのため、MRAが得意とする数値シミュレーション技術を駆使し、コンクリートに対する放射線影響の解明に挑んだ。
世の中の、この期待に応え続けるためには、あくなき安全性の追求が必須となる。
そのため、MRAが得意とする数値シミュレーション技術を駆使し、コンクリートに対する放射線影響の解明に挑んだ。
岡崎 亘
技術・安全事業部
エネルギー安全チーム
チームリーダー
2003年入社
理工学研究科 宇宙地球システム科学専攻 修了
中高でバスケットボール、バトミントンを経験。大学ではサークルでサッカーやテニスなどの運動を続ける一方、自動車部にも所属。現在、休日は愛犬のトイプードル2匹の散歩で過ごすことが楽しみ。
Wataru Okazaki
猪狩 貴史
数理システム事業部
部長
2015年入社
理学研究科 素粒子宇宙物理学専攻 修了(博士)
中学では、水泳部、剣道部に所属。高校からバトミントンを始め、現在も会社のバトミントン部に所属して年4回ある合宿にも参加。その他、将棋部に所属している。
Takafumi Igari
01
プロジェクトの背景
原子力発電所の安全を確かめる手法を高度化するために
原子力発電所の機器や構造物は経過した時間に応じて機能や性能の低下が発生する。これを経年劣化というが、安全性を確保するためには、劣化の特徴を把握し、必要に応じて新技術や新材料を使用しながら的確な保守管理を実施していく必要がある。
長期間運転している原子力発電所の場合はなおさら、このような安全を確保する活動をより慎重、適切に行わなければならない。そのためには、起こりうる劣化の特徴を最新知見に基づいて把握した上で、通常の保全活動だけでなく、新たな保全策を行い、機能や性能の維持・回復に努めることが求められている。MRAで原子力安全の事業に関わる2名に話を聞いてみた。
先ず、このプロジェクトが推進される理由は何か。
岡崎
「原子力発電所の運転期間を定める法律は、福島第一原子力発電所事故が発生するまでありませんでした。しかし、事故を契機に法律が改正されて、原子力発電所の運転期間は運転開始から40年と定められました。ただし、『運転期間延長認可制度』というものがあって、新規制基準によって安全性が確認された場合に限り、最大20年延長できることになっています」
猪狩
「また、原子炉を構成する機器や構造物については、経年劣化に関する技術的な評価に基づいた保守管理を行うことが規則として定められています。しかし、安全性を確保し、追求していくためには基礎となるデータや原子力発電所を構成する部材や構造物がどのように劣化していくのかということなどが分かっていなければなりません。そこで、様々な最新知見を取り入れることで、これまでより高度な長期健全性の評価手法について調査研究するのが、このプロジェクトです」
岡崎
「原子力発電所を構成する部材や設備、装置は様々ありますが、今回私たちが取り組んだのは、コンクリートです。建屋や原子炉など、いろいろな構造物に使われているコンクリートが長期間にわたって放射線をあびることで、その物理・化学・機械特性などにどのような影響が出るのか、劣化のメカニズムはどうなっているのかを解明することがミッションでした」
猪狩
「また、物理特性への影響や劣化メカニズムの解明で得られた知見を活かし、放射線の影響によるコンクリート部材の性能変化を、強度、温度、水分量などの経時変化として予測する、数値解析的検討も行っています」
02
プロジェクトの取り組み/MRAの強み・専門性
数値シミュレーションの手法を新たに構築
「放射線照射による強度劣化を考慮したコンクリート構造物の長期健全性評価」。このプロジェクトを国から委託されたのは三菱総合研究所(以下、略称MRI)だ。では、MRAはどのような役割を担ったのだろうか。
岡崎
「2006年度から原子力発電所の経年劣化に関するプロジェクトがスタートしており、MRIが電力会社や原子力メーカなどの産業界、大学や研究機関、学会などの学術界、安全規制行政やIAEAといった海外原子力機関など、産学官と連携して対応していました。MRAもそのプロジェクトの一部を受け持ってきており、その一つとして、今回コンクリートの経年劣化に関するプロジェクトが立ち上がったというのが経緯です」
猪狩
「このプロジェクトでは、コンクリートに対する放射線の影響を明らかにするため、実験的検討と数値解析的検討の両面からアプローチしています。実験的検討では実際に起こったこととしてデータを取得できますが、実験だけでは得られるデータには限りがあります。数値解析的検討を行うことで、実験では測定困難な位置のデータを推定したり、実験とは異なる環境での変化を予測したりすることにより、実験的検討と数値解析的検討とで相互に弱点を補完しながら研究を進めたわけです。実験については、基本的にMRI主導のもと、実験施設を持っているノルウェーの研究財団とその窓口を務めているゼネコンが共同で行いました。MRAは、主に数値解析とそのために必要な解析モデルの構築などを担当しました。しかし、数値解析で必要となるデータがどのようなものか、最も熟知しているのは私たちですから、実験条件を設定する上で、照射量や照射時間など、必要に応じてアドバイスを行いました」
調査研究の手順はどのように進められたのか?
岡崎
「実験で原子力発電所を完全に再現することはできません。再現できても数十年間も照射実験をすることはできません。そこで、今回の実験では、棒状のコンクリートを実験用の原子炉の炉心に入れることで、実際の原子力発電所にあるコンクリートよりも、数十倍の速さで放射線を照射しました。それではどれくらいの時間照射をし続ければ、将来の原子力発電所で予想される放射線量を達成できるかといったところで、MRAの知見が活きました」
猪狩
「当社はこれまでに、原子力発電所の熱流動解析やリスク評価、事故対策の有効性評価など、様々なプロジェクトに携わってきた実績とノウハウがあります。また、放射性物質が環境中に放出された場合の被ばく線量評価などを通じて、放射線に関する知見もかなり深いものを持っていますし、社内には、放射線解析分野の第一線で活躍している社員もいます」
岡崎
「ただ、長期にわたる多量の放射線照射によってコンクリートの劣化がどのように進むのかという研究は世界的にもあまり行われておらず、当社にもほとんど知見はありませんでした」
猪狩
「コンクリートはセメントと水に砂利や砂などの骨材を混ぜてつくられた複合材料です。また、放射線の影響としても熱・乾燥の他に、ガンマ線、中性子線でそれぞれ異なる特徴を持っています。複雑な材料に対する複雑な影響を明らかにしていくためには、当社の持つ放射線の知見だけでなく、コンクリートについても非常に高度な知見が求められ、実際に困難な課題に次々とぶつかりました」
岡崎
「MRAだけでは答えの出ない課題も多く、コンクリートの劣化に詳しい大学の先生の協力をあおぐなど、それぞれの分野でエキスパートとして活躍する方々と、連携、協力しながら進めていったからこそ成し遂げられたプロジェクトだといえます」
03
プロジェクトの成果/今後の展望
今後の原子力発電所健全性評価の合理性が高まる
このプロジェクトによって、今後、原子力発電所の安全確認作業は、どのように変わっていくのだろうか。
猪狩
「長期的な健全性の裏付けとなるデータがそろってきたことで、今後の規制や判断方法が、これまで以上に合理的になるかもしれません。数値解析的検討においては、日本初の発電用原子炉であるJPDR炉で実際に使われていたコンクリートの強度と整合する結果を得られるようになりましたし、ある程度、成分や厚さの異なるコンクリート部材への放射線による影響を評価できるようになりました」
岡崎
「このプロジェクトで実施した、多量の放射線が照射された長期的なコンクリートの劣化に関する包括的な研究は世界でも稀で、この研究成果は『日本コンクリート工学会』などで発表され、論文についても高い評価をいただいています。これによって世界で実施されている安全研究の発展にも多少なりとも貢献できたのではないかと自負しています。中でも、アメリカの関心度は高く、アメリカ原子力規制委員会やエネルギー省、オークリッジ国立研究所とは定期的な知見交換を行っています」
猪狩
「ただ、成果を出せた一方で、今回の実験と数値解析によって実際の原子力発電所とのギャップを完全に埋められたわけではありません。今後も調査研究を継続していくことで、さらなる精度や適用性の向上に貢献していきたいと思います」
今後の二人の目標は何だろうか?
猪狩
「入社以来、放射線の解析業務を中心に経験してきました。この分野でもまだまだ興味深いテーマはありますが、自分の幅を広げるという意味でも、放射線以外の解析業務にも挑戦していきたいと思っています」
岡崎
「このプロジェクトでも、大学や実験を得意とする企業との連携はありましたが、MRI主導の下でした。今後は、MRAの独自プロジェクトで今回のように大学や他企業と一体で取り組むプロジェクトにおいて、全体を取りまとめるマネジメント業務を経験したいと思います」
学会発表した猪狩の論文