ドイツ、四半世紀越しの脱原子力が完了:日本は島国として状況に即した判断が必要
- 技術・安全事業部 原子力安全チーム 久間 詩奈子
ポイント
- ドイツが脱原子力を可能にした背景は、1・送電線が周辺国と国境を越えて連系、2・エネルギーミックスの異なる周辺国との間で、さまざまなエネルギー源の電力を輸出入できるという事情がある。
- ウクライナ情勢でエネルギー安全保障が注目され、カーボンニュートラル と合わせて取り組みを強化する必要がある中、日本は、島国として状況に即した判断が必要である。
ドイツ脱原子力の経緯
ドイツでは、2023年4月15日に原子力発電からの撤退が完了した。振り返るとドイツの脱原子力政策は、1986年のチョルノービリ(チェルノブイリ)原子力発電所事故を一つのきっかけとして2000年頃にはじまり、途中で方針の再検討を挟みつつ、およそ四半世紀をかけて進められてきた。よって「ドイツは2011年の福島第一原子力発電所事故を機に、脱原子力に踏み切った」といった言説がみられるが、完全に正確とはいえない。
ドイツ(当時の西ドイツ)は原子力をエネルギー安全保障の重要な手段として、1955年の原子力開発のスタート直後から、積極的に開発を進めた。発電に加えて熱利用、核燃料のリサイクルによる資源の有効利用と廃棄物容量の縮減などを視野に、先進的な技術開発にも積極的で、1967年に高温ガス炉、1972年に高速炉の実験炉を運転開始している 。これらの炉型は現在も、次世代原子炉(第4世代炉)として世界で開発が続けられているものである。
しかし1986年のチョルノービリ原子力発電所事故を機に、二大政党の一角だった社会民主党(SPD)が、それまでの原子力積極方針から脱原子力に転じた。その「SPD」と環境政党である「緑の党」による連立政権が1998年に発足。ドイツにおける脱原子力政策を開始した。そしてドイツ政府は2000年に、電気事業者らと脱原子力の方針で合意し、2002年の原子力法改正で、段階的脱原子力を法制化した。原子炉の閉鎖期日は定めず、閉鎖までに発電できる電力量の上限(発電枠)を原子炉ごとに設定し、枠を使い切った炉から順に閉鎖するもので、当時の政権は、この方式で2020年代のはじめ頃に、ドイツの脱原子力が完了すると見込んでいた。
その後政府は、いったん、原子炉の運転期間延長を決定することとなる。政府は脱原子力と並行して再生可能エネルギー(再エネ)拡大施策を進めた。再エネ支援策に後押しされ、発電電力量に占める再エネ比率は2000年の3%から2010年には15%に上昇した。この支援策の財源は、消費者が電気料金に上乗せして支払う再エネ賦課金であり、ドイツの電気料金は再エネの伸長につれて上昇した(図1)。
また、再エネが増えたにもかかわらず、二酸化炭素排出量の多い石炭火力が電力の半分近くを占め続け、ドイツにおける温室効果ガス削減のペースは鈍化していた。経済性と環境適合性の両立を図るため、政府は原子力発電所の運転期間延長を決定し、2010年12月に発効した法改正で、各原子炉の発電枠に上乗せが行われた。
しかし、その3カ月後の2011年3月に福島第一原子力発電所事故が発生すると、同年8月に再び原子力法が改正され、原子炉の運転延長を撤回し、2022年12月31日を原子力からの撤退完了日とする、各原子炉の閉鎖スケジュールが示された。石炭から脱却し、本格的な再エネ時代へと橋渡しする役割は、もっぱら天然ガスに期待されることになり、ドイツは、海底経由でロシアと直結するガスパイプラインの拡充を進めた。
ところが原子力最後の年となるはずの2022年2月に、ロシアによるウクライナ侵攻が起こった。ロシアからの天然ガスの途絶、欧州大でのエネルギーひっ迫を受けて、ドイツでは土壇場で原子炉の運転延長議論が持ち上がった。特に南部の州からの要請が強かった。南部地域は、風力が盛んな北部と異なり、再エネ資源に乏しい。南北をつなぐ送電系統の拡充も間に合っていない。加えて、議論に大きく影響したのが「隣国フランスの原子力」である。特にドイツ南部では、電力需要ピークの冬場に、隣国フランスからの電力が供給安定に果たす役割を無視できない。しかし折あしくこの年、フランスでは計画停止とトラブルによる計画外停止が重なって原子力発電が大きく落ち込んだ。
原子力法上の閉鎖期限日は2022年末だが、このような状況で、合計400万kW分にもなる自国の原子炉を止めてしまってよいのか、議論は紛糾した。最終的には首相の指示により、2022年11月にようやく、2023年4月15日に期日を後ろ倒しする法改正が成立した。こうした変転を経て、ドイツの脱原子力は完了したのである。ドイツ脱原子力政策の経緯概要を、表1に示す。
ドイツにおける原子力技術の活用
あまり広く知られてはいないが、ドイツでは、脱原子力政策の開始後も一貫して、たとえば負荷追従運転やプルサーマルといった技術を積極的に活用していた。
原子力発電は石炭火力等と並ぶ、いわゆるベースロード電源であり、日本では基本的に一定の出力で運転している。しかしドイツでは、1980年代から多くの原子炉で、必要に応じて出力を上下動させる負荷追従運転を行っていた。もとはといえば、国内外の送電系統連系が十分でなかった1970年代に、原子力比率を7割超まで拡大することを想定し、電力需要低下時等の調整が必要になるとの見通しから、先行するフランスでの取り組みを踏まえ、採り入れられた仕組みであった。その仕組みはドイツで再エネ拡大が本格化した2000年代以降、出力変動の大きい再エネを支える調整機能として活用されるようになった。現在では、欧州市場に参入する原子炉に対し、再エネとの共存を念頭に一定の負荷追従性能が条件付けられるなど、今後は原子力でも一般的な機能となるとみられる。
また、混合酸化物燃料(MOX燃料)を原子力発電所で利用する、いわゆるプルサーマルでも、ドイツはフランスに次ぐ世界第2位の実績を持つ。MOX燃料とは、使用済燃料を再処理して回収したプルトニウムを、ウランと混合して製造する、リサイクル燃料である。ドイツでは、資源の有効利用と、放射性廃棄物の容量低減を目的として、使用済燃料の再処理を行ってきた。また、回収したプルトニウムを原子炉で着実に消費し、利用用途のないプルトニウムをため込まないことを、原子力の平和利用を行う上での責任としてとらえ、主に1980年代から、多くの炉でプルサーマルを実施してきた。脱原子力で自国の原子炉が減る見通しとなったことに伴い、ドイツは2005年に、使用済燃料の新たな再処理を停止した。しかし脱原子力政策の開始後も、製造ずみのMOX燃料によるプルサーマルは継続され、2016年までに全量の装荷(原子炉への投入)が完了した。原子力発電の終了までに用いられたMOX燃料の累計は、3,000体弱に上る。
ドイツ脱原子力における懸念
原子力発電を手放したドイツだが、天然ガスを再エネ時代への橋渡しとして活用する目算は、ウクライナ情勢により崩れた。ドイツは2023年の法改正で、再エネ拡大のさらなる加速化を打ち出した。国内消費電力における再エネ比率の目標を、2030年までに80%(従来:65%)とし、2035年にカーボンニュートラルを実現するというものである。2022年時点における再エネ電力比率は45%だった。2030年、2035年目標の実現には、急ピッチで再エネ電源・送電系統を拡充する必要があるが、その計画に無理はないのだろうか。
ドイツの近隣に目を転じると、フランス、チェコ、ポーランドといった国々では、2030年代に向けて、大型炉、小型炉両方を想定した原子力計画が進められている。これらの国々では変動が大きい再エネと、一定の出力調整に対応可能な原子力を組み合わせるなどの方法で低炭素電源の多様性と柔軟性を確保しつつ、カーボンニュートラルの達成を図る方針である。再エネへの支援と並んで、原子力事業者の国有化や、新しい原子力発電所に対する電力買取価格保証など、原子力に対しても、政府による支援が行われている。
ドイツは2023年4月に原子力から撤退した。今後は脱炭素化のため、石炭火力も縮小していく。つまりドイツでは、今後10年あまりで従来のベースロード電源が消失し、自然状況に左右される再エネに大きく依ることになる。むろん、再エネにも太陽光や風力など、複数の種類があるが、その可用性が地理的・気候的要因に大きく左右され、出力の変動が大きい点に変わりはない。急速な再エネ一極化は、ドイツ国内における電源の多様性低下につながる。
まとめ
上述のような懸念がありつつも、ドイツの脱原子力が可能だった最大の理由として、大陸欧州が地理的につながり、電力市場などの制度面でも、欧州連合(EU)を軸に一定の調和が図られていることが挙げられる。大陸欧州では送電線の連系により、複数の近隣国と電力のやりとりが可能である。欧州中部に位置するドイツは、北欧の風力、フランスの原子力、スイスの水力と原子力など、異なるポートフォリオを持つ国々の多様な電源を利用できる。つまり電源の多様性を、国境を越えた広域でカバーできる。また、ドイツで再エネが余剰になった場合は、国外への輸出が可能である。他国の系統運用に負担をかけるので決して望ましくないのだが、国内の送電系統が混雑した場合に、一定程度、あふれ出した電力を周辺国の送電系統で受け止められるという「逃げ道」もある。
脱炭素とエネルギー安全保障の両立は目下、世界の多くの国や地域に共通する課題である。しかし課題解決への道筋は、地理、気候、資源の状況、さらには近隣国の状況にも左右される。その国、地域にとって持続可能な対策を適切かつ柔軟に組み合わせて、実行していく必要がある。
電源の多様性は、エネルギー安全保障上のカギの一つだが、日本は島国であり、他国との送電線連系を持たず、電源の多様性を一国で完結させねばならない。したがって、単純にドイツと同じ選択を行うことはできない。このことを念頭に、原子力についても、利用可能なあらゆるエネルギー技術の開発普及状況を踏まえつつ、利用の方策を考えていく必要がある。世界では多くの国が、近隣国がどのような戦略をとるのかも見計らいながら、自国のエネルギーの持続可能な未来を賭けた取り組みを進めようとしている。エネルギー戦略は国・地域により異なるが、これまで以上に政府の主導が強まっており、本腰を入れて対策を進めていることは注目される。日本もこの潮流のただ中にあることを忘れてはならない。
以上
本調査結果に関する問い合わせ先
エム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社
技術・安全事業部 担当:久間
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